February 10, 2016, 11:57 pm
釣りバスから降ろされると、雨にも、風にも、夏の暑さにも、冬の寒さにも負けないような強い精神力と身体を持っていなければ、北海道の釣り会のメンバーにはなれません。今日は、吹雪の中、除雪機を動かしておりました。
前の日に雪が融けましたので、べた雪が新雪の下に有り、ちっとも飛んで行きません。これも試練と少しづつ飛ばしておりました。不思議なことに、雪が運動の相手をしてくれていると思うと、俄然元気が出てきました。除雪後、濡れた身体を拭き、着替え、溜まっているデーターの切れ端を小分けしていました。
創刊以来の釣り会のデーターや有名釣り場の写真が載ったページを残し、次いで、釣り会毎に日程を赤字でメモし、カットして行きます。写真下は、30年ほど前に、東大近くの書店で見つけた整理箱です、時々送って貰いました。いま手元にあるのは10箱ほどです。A4がすっぽり入り、本棚に立てて置けますので、重宝しています。資料容れに使っていました。
1月から6月までの半年分を先にバラして写真の箱に入れていましたが、次の火曜日までの長い休暇になりますので、7月から12月までの分も箱に入れ分けて、整理することにしました。パソコンにインプットは後から、必要に応じてする方が効率良いのではと、思いました。残りは、カットしたものも含めて新聞紙にまとめています。小さな切れ端は、雑紙の袋に入れています。
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February 11, 2016, 5:32 am
エクセルに、月日、西暦年、魚種、サイズ、釣り場、釣り人名、所属釣り会、天候やエサなどをインプットした釣りデーターをA4の横書きで印刷してみました。フォントサイズ10号で入れてますので、1ページ38行のテーブルが記載できます。時々、入れていたのが、15ページになっていました。500ケを超えております。
春の釣り開始までには、1月から6月迄の分は入れたいと思っております。何のために、こんなことやってるの、とカミさんから、部屋が片付かないと、やいのやいのと督促がかかります。4月に釣れた魚についてインプットしただけでも、まだ途中ですが、200ケのデーターが入っております。
4月の熊石は、定番ですが、人気の釣り場が変わってきているようです。見方によっていろんな分析結果が出てきます。私の好きな釣り場は、誰かさんも好きなのかというようなことが見えてきます。そのような分析で、百名山にちなんで、私が好きな百釣り場の基本データーをまとめ、先ずは、行ってこようと思っております。
入賞者5人の釣った魚が少なくとも1匹位は、デジタルなサイズが欲しいのですが、つりしんの古い方のデーターは、アナログな情報が多いので、スルーせざるを得ないのです。入賞者の5人が釣った2匹づつのすべて揃っていると、10ケのデーターになるわけですが、完璧なものは、少ない。入賞者の写真は3名が基本になってきていますから、いきおいインプットするデーターは少なくなります。入賞者以外の、その釣り場のフアンが抜けていますね。大物が釣れないが好きな釣り場というのもあります。
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February 12, 2016, 12:25 am
好きな釣り場1は、関内湾洞から始めます。不定期で書きこして行きます。コメントや助言をお待ちします。
熊石海岸の釣行では、長い時間をかけて行きますので、無駄足にならないように、時化でも釣りになる関内の湾洞を考えます。30年ほど前の医釣会の始竿会、湾洞の東外れの船揚げに(写真下)大時化の時に、入りました。酒好きな篠路の医師(故人)の付添で一緒に降りました。写真の奥にある船揚げ場です、右手前に波かぶり平盤があります。川の向こう側に、昨年95歳の黄門さんと付添の助さん格さんの私とアイナメさんが入漁しております。サクラマス狙いのルアーマンが立ち込んでいます、お気をつけて仲よく釣りましょう。
先生は、開業の疲れを癒すのに釣り場に逃げてきたようで、船揚げ場の磯舟の陰で一晩中眠っておりました。私も時化の中に竿を振るう気力も途中で萎え、ボの字でした。大学病院前で開業されていたI東先生(故人)が、立派なイカゴロを使って、湾洞の中央に出ている関内川の右で細長い49.0のホッケを釣って身長賞でした(写真下、釣り人の右側)。
川と右の平盤との間は、イソゴミと山からのゴミでハンモックのように、なっていました。ここは、故人となられた釣魚連盟副会長N嶋さんも好きな場所でした。Sちゃんの噂話もしておりました。私は、ここで2008年4月20日49.6のアブと41.0のホッケを釣って優勝しております(写真下)。
東の船揚場の右手に広がる平盤は、潮位が低く、凪の時に出られますが、落ちると流れがきついので危ないところです。ライフジャケット必携で、沢山の釣り人がリピーターで入ります。S鱗会のO倉さんは、2008年にクロ33.0、2013年に45.2のホッケを揚げています。昨年、4月12日、同じ釣り会のA島さんが46.0のホッケと43.0のマコを揚げています。野幌のM谷さん、2014年4月20日ホッケ48.5を、2013年4月28日H田さん、41.0のソイを挙げています。
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February 13, 2016, 12:34 am
昨日の関内湾洞に700人を超す来場者がありました。私の好きな釣り場、反響は嬉しいのですが、皆さんの要望に応えて行けるか、どうか不安な面もあります。いままでのブログのように、マイペースで刻んでゆきますので、宜しくお願いします。投げ釣りで訪れた釣り場で何度も訪問している所が人情的に多くなるでしょう。また、自慢話になることが多いのですが、笑ってやって下さい。
私が好きな釣り場は、皆さんも良くご存じなところですので、中には、あまり場所を知らせないでよ、という方が、居られると存じます。あまりピンポイントに踏み込まないように、雰囲気が伝わるように、その場所が長く愛されるように、紹介させていただきます。
その場所で釣りをされて、入賞された方が仮名で出てきます。つりしんの釣り会情報に基づいておりますので、それ以上詳しくはならないと、思っております。何度か船や防波堤で死ぬような思いもしており、いのち根性がきたなくなって、陸っぱりになりました。平磯が主になります。あまり、防波堤や平盤に上がりませんので、ご了承下さい。
釣りバスで昭和40年代より、50年近く北海道の沿岸をさまよっております。10数年前より、淡水での釣りや、離島での釣りが混じってきました。年に一度位のサケの投げ釣りも行っています。旬の釣り場にあたると良いのですが、気の向くままにこのテーマの好きな釣り場が表れますので、ご容赦下さい。先ずは、写真探しから、始めました。
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February 14, 2016, 1:02 am
昨日は、テレビに出て混み合っているA山シェフのところで中華ランチのあと、ここまで来たのだからと、暖気で路上に雪がみえなくなった国道を小樽まで、干し魚の買い出しに行ってきました。行きはところどころに凍った部分があり、四駆で向かいましたが、帰りの高速は、二駆で安全に帰れました。夕食に背中を削って貰った八角を焼いたのは、凄くおいしかった。以前、小樽で買ってきた干したのとは、一味違って香が良かった。いつも積んでいる布製のクーラーが活躍しました。
今朝の札幌は、雨のあと。水たまりの中を歩いてネコにエサを上げに行ってきました。行き交うお犬さんも合羽をかぶってよちよち歩いていました。こんな時には、小樽の防波堤や岸壁は、つるつるですから、釣りをされる方は十分にお気をつけ下さい。バラトの氷上は、危いですよ。
滅多に会っていないので、猫にマタタビを塗ったおやつの固形のエサを上げ、ご機嫌伺いしました。昨夜以来固形のエサは食べましたが、水の摂取は、少なめでした。湿度が上がっているせいでしょうか。
写真を年代別に収納しておりましたが、釣り場毎に名前を付け変えています。ヒトの写真は、人物ファイルに、仕掛けや小物ファイルも別に分けています。故人の釣り仲間の写真は、懐かしいですが、寂しいですね。昔の集合写真を見ると半数が、黄泉の世界に向われたのもあり、感慨深いものです。
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February 15, 2016, 5:10 am
皆さんは、家族で海や山に遊びに出かけた思い出は、沢山持ち合わせておられると思います。私は、子供たちとの約束、カミさんとの約束を守らなかったというのが、我が家の定説になっております。その頃は、臨床や研究に追われ、付き合いもよく麻雀もしておりました。
景色のみの写真は、さっさと捨ていますが、人物の写った写真の処理が一番の難物で、最後に残っておりました。色んなものには魂が宿っていると思い込むタチですから、尚更です。アルバムは、30冊以上が、手つかずの聖地で、任せていたカミさんも、このまま置いておこう、という結論を出しました。そのうち折を見てパソコンに取り込んでCDに落とそうと思っております。そのあとは、焚きあげ業者に処置して貰おうかな、と考えております。
今朝から学会発表や、予備を残した論文の別刷の始末をしております。一部づつだけ残し、そのほかは、明日、雑紙にだします。学会や講義などで使用したスライドが沢山、アルバムにまとめて場所を取っておりますので、一部は、思い切って、燃えるゴミに出しました。
人物の入っているスライドを点検して、懐かしいスライドを見つけました。カミさんとの新婚時代の写真や、子供たちが小学校時代、毎年、山菜取りに出かけたものや、海水浴や釣りに出かけたものが出てきたのです。石狩新港は、十線浜に大きな捨石とブロックを投入した所から始まりましたが、工事が本格化する前によく十線浜に出かけたものでした。この時代、ネガでスライドは造りましたが、プリントをおこしていなかったものが多かったのでした。私が、子供たちと遊んだ、れっきとした証拠物件でした。早速知り合いのカメラ屋さんに預けてきました。暇をみて、CDに落として貰うことにしたのです。
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February 17, 2016, 1:30 am
火曜と木曜日の週2日勤務の私。滅多にない木曜日の祝日が有ったお蔭で、9日から今日までの長い休日、シルバーウイークでした。集中して、釣りデーターの整理が出来ました。映画を観ようとか、温泉に行こうかとか、カミさんと話しておりましたが、あっと言う間に過ぎました。
実際、天候不順な日が続いておりましたので、予定は立たず、遠出は、天候に恵まれたその日に決めた小樽行きだけでした。しかし、久しぶりでおいしい魚をゲットできました。
こんなに美味しい焼いた干し宗八を食べることができたのは久しぶりでした。札幌のいつも行くスーパーの干物とは、雲泥の差でした。八角のおいしいことも分かり、小樽の魚の美味しさを堪能しました。
天候が不順で札幌では、新鮮な魚が手に入らなくなっているのでしょうね。また、明日は、大荒れの予報です。テレビの報道では、吹雪、時化の報道で留萌の名前が出ない日がないようですが、留萌の仲間は元気にしております。早く、冬眠から覚めて、夏の同期会の通知を送れよとの催促が入りました。女子ジャンプのYさん(右から2人目)の祖母(写真の左端)が、同期生ですが、Yさんのヨーロッパの連戦に付き添っているとのことです。元気ですね。昨年7月の喜寿の祝いで集まった時、私が撮影したものです。
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February 18, 2016, 1:35 am
明日早朝から、石狩新港周辺への外勤です。花畔(バンナグロ)埠頭の札幌寄りの角(写真下)に、毎日のように姿を見せていた方は、今どうしておられるのだろうか、奥の砂場への私の釣行が減ったので、会わないのかもしれません。春から雪の降る頃まで、ほとんど日課のように、お嫁さんか、娘さんかの車で送り迎えされておりました。
以前、話をしたことが有りました。老人向けのデイサービスに行ったけれど、性が合わない。書道、短歌、カラオケ、碁や将棋などをやったことも無いので、家族に無理を言って、釣り場に送り迎えして貰ているのだと言っておりました。
夕方、私も帰る時刻でした、話している間、竿先よりも、まるで帰宅願望のように、車の行き来を気にしておりました。釣り仲間の95歳の黄門さんの心の負担とならないように、私は、少し離れたところで見守っておりますが、見守っている積りが、私も皆から見守られているのかもしれないと、最近は考え直しております。
私のブログは、山形に住む息子一家が、アメリカに留学が決まった時からお互いに始めました。親の元気がiポットで分かるように、ほとんど毎日更新しておりますので、息子一家の他に、娘のところや、妹やめい達にも、私の健在振りを伝える機能があると思っております。
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February 19, 2016, 1:37 am
石狩新港建設の第1歩は、石狩十腺浜から海に向かって一直線に大きな岩石が投入された昭和40年代後半に始まりました。まだ岩石だけの投入の時からよく通いました。診療が終った夕方に車を走らせました。予め、竿1本にリールを繋いでおりました。餌は塩エラコだったでしょうか。
今朝の健診バスもこの道を進んでいました。何が釣れるかなどは、深く考えずに、夕焼けと沈む夕日に竿を投げていれば良かったのでした。同じような気持ちの釣り人も沢山おりました。ロマンだったのです。この砂浜にどうやって港が出来るんだろうって。
少しは防波堤の体裁になってきたころ、進入禁止をものとはせずに、沢山の老若男女の釣り人に膨れ上がったきました。或る高齢の釣り人がホッケを釣って、どのように釣り上げて自分のものとしたら良いのか、困惑しておりました。
若かった私は、テトラや、岩の上を、ひょいひょいと進んでホッケを仕掛けごと持ち上げて、その釣り人のところに、もって行きました。すまんね、ありがとう、と声をかけたのは、顔を見てびっくり、心臓外科の権威の大学のエライ先生でした。石狩新港に行くたびに、色んなエピソードを想い出すのです。朝食がコンビニのおにぎりでしたので、昼食は、向かいのお蕎麦屋さんのAセット(写真下)、ミニ天丼ともりそばです。
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February 20, 2016, 1:43 am
好きな釣り場は、近いので花畔埠頭と奥の砂場が最も良く通っている釣り場です。通っているというのは、釣りをしないでも釣りと海を見に行く釣り場でもあります。混んでいる時には、無理に割り込まないことにしております。写真下のあたりから右の先端角あたりまでが、よく釣れる場所です。
ここで(写真上)、カレイを狙って春先に釣ったことが有りました。コマセネットで、虫エサをつけていたところ、40オーバーのアブが釣れ、ホッケも釣れ、また、アブが上がりました。大漁でした、写真下。
右側が混む時には、花畔埠頭の方向に、釣り座を求めて彷徨うのも有りですよ、写真下。
奥の砂場にも空きが無ければ、西防砂堤方向に釣り場を求めて向かいます(写真下)。樽川埠頭や、樽川駐車場は混んでおりますからパスします。時期によって面白い釣りができます。危険なところもありますから、無理して、堰堤によじ登らないようにお願いします。(この下の堰堤など)、駐車しやすいので人気が有りますが、時間制限の場所ですので、良く研究して探索してください。西防砂堤は、随分と変わりました。探検する方もおりますが、危険です。
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February 21, 2016, 1:59 am
今日は、ススキノの居酒屋で釣魚連盟札幌中央支部の総会(写真下)。紅一点のHさんを含む18名の出席、数名の委任により会は成立した。S支部長から、昨年の、決算と監査報告や庶務報告と続き、副支部長のHさんが、一身上の都合で退任し、事務局長の仕事をしていた支部長の弟さんが、新任の副支部長となり、もう一人の副支部長Mさんは再任が、了承された。
人事に次いで、釣りバスの運行に関して、支部長から、北海道釣魚連盟は、釣りバスの運転手に十分に休憩を取って貰うことが要望されたので、所属釣り会の使用する各釣りバスは8時間は、睡眠を含む休憩をとることにした、と報告された。
今春から、実行に移す、と支部長からも発言があった。その分、竿上げの時間が1時間遅くせざるを得ない。十分に釣る時間があるというように考えようと。実際、昨年秋の全道大会から、運転手の休憩時間を8時間取る為に、監督会議を取りやめ、検印場所も置かないことに変更された。
他の釣り会も運転手の休憩時間を重要視するのが、趨勢となるだろう。次いで、淡水の審査法では、フナ2尾身長プラス10尾重量で行い、鯉は、他のナマズなどと同じく、特別賞とする。中央支部が、当番幹事を務める今年の全道大会から、このルールで、行うことが了承された。集合場所などの詳細は、早めに詰めることにした。乾杯の後、宴会が始まり、年間賞の発表と表彰が続いた。私は、年間7位と健闘していた。
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February 22, 2016, 2:02 am
久し振りに釣り仲間と釣り談義に講じることが出来て、頭の中は、熊石海岸や黄金道路に飛んで行きました。春先の釣りは、多くのバスは、4月5月は熊石方面に向かうようです。6月からはエリモ方面が定着してきました。
釣会にも高齢化の嵐は吹いており、会員は、ぼつぼつと抜けています。
観光客優先になって、バス代金高騰には、バス会社の言いなりにならざるを得ません。例会費も値上げせざるを得なくなって、例会のバスに乗る人数減少に追い打ちをかけております。
何はともあれ、嫌なことを忘れるのも釣りの効用の一つですので、釣れても釣れなくとも、行けば嬉しくなる。春を待ちわびる冬眠釣り人の言でした。
総会に出席して、鍋を突っついているうちに、釣りモードに入っていました。
延ばし延ばしにしていた論文の整理。昭和40年、1965年に大学院に進んでからです、50年間の研究・教育・臨床で、著した論文や駄文など全ての業績を、今日一日掛かって、やっと、時系列で並べてみました。
これらの論文が入っていたケースが空きました。釣り名人から頂いた仕掛け(写真上は、その一部です)をこのケースに入れて保存することにします。使うか、保存するか、迷いましたが、使ってみなけりゃ、真髄は分からないでしょうから、一度使ってから、良く洗って乾燥させて保存することにします。吊るし雛ですので(冗談)、3月3日までは、吊るしておきますけど。
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February 23, 2016, 2:33 am
釣竿が5本で200円ですよ、お客さん。何のことか、分かりますか。家庭内引越しも、いよいよ、釣り具の始末に移ってきました。
午前中は、燃えるゴミの日、釣り用の衣類で、長い間着用せずにいてカビ臭くなったのや、サイズが合わなくなったものなどを集めて、昨夜のうちに、大きなゴミ袋に入れて用意しておきました。
明日は、月に一度しかやって来ない燃えないゴミ、燃やせないゴミの収集車。知っていますか、一番大きな有料のゴミ袋、40Lです。これに古い竿、使っていない竿、を入れることが出来ません。平成27年版「ごみ分けガイド」’写真上)で調べてみますと、「つりざお」は、大型ゴミとして有料で収集する(写真下)ことが分かりました。
詳しいことを伺おうと、大型ごみ収集センターに電話しました。「40Lの袋に竿が入らないのですが・・・」、「カットしたり、折り曲げることが出来なかったなら、「釣り竿5本を束ねて貰うと、大型ゴミとして収集に伺います、200円の券をコンビニで買って下さい」とのことでした。古いグラス製や、竹の繋ぎ竿などで竿数では10本以上有りますので、誰かに有効に利用して貰おうと、知り合いのベテランに電話しました。色んな竿の部分が意外に必要になるんだから置いておきな、で届けてきました。
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February 23, 2016, 3:47 am
昨日、古い竿の処置に困った時、助けていただいたKさんと会い、挨拶もそこそこに、すぐに話題に上ったのが、この時期の銭函のコマイのこと。Kさんも私と同様、釣るでもなしに、やはり足が向くのでしょう。銭函の駅、前浜(写真下)。夜半に50オーバーのコマイを釣って、朝に、Fランドに寄ってサイズを計って貰ったものです。
かって、コマイの全盛期には、週に何度訪れたことか、キチガイと、カミさんから、あきれられておりました。留萌の釣り天狗さんから苫前がいいようだと伺うと、吹雪の中でも留萌に向かっていました。銭函で釣れないとなると、銭函から室蘭まで走ってもいました。スクランブルの釣りが流行った頃でした。小樽信金裏です。
起点は、ともに銭函でした。その頃コマイを求めて室蘭や、銭函に出没していたのは、何代目かの投げ釣り王の仲間でした。写真上の左手に居られるマリオさんのところで、ゴロアミをNさんからわけて貰いました。写真の右手の方に居られます。この中に、はまさんがおります。はまさんのご尽力で、「投げ釣り王(リンク有り)」はどっこい生きています。写真下は、遠投派の練習に向いている海水浴場前。カズさんはじめ遠投派の若者、若かったね(写真下)。
最近では、1日中粘る方でも1匹かボの字とか。投げの腕慣らしにいいですよ。今でも垂らして投げている方が居られるようです。昔この川の横にハンモック状に材木工場の大鋸屑ゴミとイソゴミが混じりあって沖まで半島状に出て、危険でしたが、釣り場になっていました。
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February 24, 2016, 11:19 am
釣り場の写真整理をしております。同じ場所でも、季節によって違いがあるようです。デジカメのデーターが多いので、撮影した日付を取り入れて釣り場の整理をしだしました。留萌の瀬越の浜は、私が高校2年の時(上の写真1956年撮影)と5年前(2011年)の時とでは比べようもないほどの違いです。私は、手ぬぐいで海中メガネを頭に、座っています。
昨日のコマイの上がったのは、2007年12月10日。月も凍るような夜でしたが、酒も飲めないのに出ていた忘年会に飽き足らず、銭函までコマイ釣りに行ったのでした。
駅の前浜の写真は、今年の1月18日撮影のものです。リシャールさんのおっしゃった沖のテトラが魚の入込みを妨げているのでしょう。時系列で写真を並べてみると、何処が変わったのかが、一目瞭然となるでしょう。そのような、釣り場のヒントでも出せるのかなと思っております。
30年ほど前の古いカラースライドのポジをCDに落として貰っている中に海の写っているのがあるのか、カメラ屋さんに出かけましたが、出張撮影に出て留守でした。暇な時で良いからとお願いしてあったのが、上がったよ、という電話を受けたのですが。昼食は、足を一寸伸ばして、法事や医師会の会合に使っているホテルの1階にある、職場のスタッフFさんから勧められているパスタとピザの店でズワイガニと雪下キャベツの入ったパパロンチーノをいただきました(写真上)。おいしかった、混んでいる理由が分かりました。ホテルの裏手に駐車スペースが沢山あります。吹雪をついてきたかいがありました。地下鉄駅:新道東の北にあります。
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February 25, 2016, 11:32 am
パパロンチーノじゃないよ、ペペロンチーノよと、スタッフに指摘されました。家庭でパパさんが造るのが、ザックリ、キャベツの葉っぱを混ぜて、パパロンチーノですが。と抗弁しました。昨日、日本語教室に出かけたカミさんは、ツルツル道で転び、外人さんに助け上げられたと言っていました。腰を打って、手を腫らしております。湿布を貼って、今日は、バザー出店、とご苦労様です。
今朝出勤時は、マイナス9度の気温が、昼食時にはプラスになっています。吹雪いている雪が融けて舗道はざくざく、車道は水たまりができています。もうすぐ春ですね~の歌が聞こえて来るようです。春の釣りの用意は進んでいますか?
ところが、帰宅時には、吹雪いて、またまたツルツル道に変わっていました。カメラ店で45年前のスライドからプロの腕でCDに起こした100枚の写真の中から、娘が生まれた時に購入した7年がかりのひな壇の写真(まだ完成していませんが)と石狩か十線浜の釣りの写真をお見せします。カレイのチビ。子供と遊んでいた証拠です。
27日土曜日は、公衆浴場の駅前温泉で交綸会の入浴付きの総会です。今年の例会の日程の協議が済むと淡水大会の年間表彰と、宴会です。留萌の同期会とバッテイングして一度欠席しておりますので、年間成績は芳しくは無いでしょう。28日は、夏の留萌高校の同期会の案内状を出す前の幹事会です。7月3日(日)の日曜日の宴会と二次会、宿泊、起きてからおしゃべり会は決まっております。いろいろと、忙しくなってきました。
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February 26, 2016, 11:38 am
この時期の歳時記は「確定申告」、2月15日から3月15日の期間に日本国中で行われる年中行事。確定申告を終えると釣りの準備は本格化する。釣りをする動物はキツネとイヌだろうか、写真下。ロシア料理店の壁。
同じ健康保険組合に連なる勤務先に長年続けて勤務していなかった為、カミさんに加給年金が出ませんでした。年金の低さの悲哀を毎年味わされております。多額の医療費がかかっていますので、幾らか控除が有るのではと医療費の領収書を綴じてあるのを持参し確定申告にでかけました。写真下のつぼ焼きは、熱く、おいしい。
年金は目減りし、健康保険料は上がって、預金は減って行く。しかし喜寿を過ぎても働けて、生かされているのは、有難いことと思っております。釣りが出来るのは嬉しいことです。写真下のビーツの赤いスープ、ボルシチが身体を暖めてくれる。
学生結婚し6畳ひと間に住み、西線の電車通りに面していた公衆浴場の風呂帰りに入った喫茶店。ロシア料理のメニューもあった。その後、独立したシェフ夫妻は、北に店を構えた。北税務署の帰りに寄りました。寒い時にはお勧めです。少食なので、ランチで満腹になりました。不足なら、ピロシキがおいしい。ランチタイムは、リーズナブルな料金で味わえます。
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February 27, 2016, 12:16 pm
温泉宿に泊まる場合、私は、夕食の前に一度入って、寝る前にもう一度入り、寝起きに入る朝食前のパターンです。釣りバスの場合は、温泉での納竿などの直会(なおらい)の宴会の前に入らないと釣りバスに置いて行かれます。
皆さんは、釣りの間、首に巻いていたタオルで身体を洗って拭いて、帰宅するのが普通ですが、洗髪した髪の毛を放置したまま、バスに乗ると風邪をひくかもしれませんので、湯上りタオルを持参している方が多いようです。さて、今夜は、交綸会の総会が駅前温泉のKの湯(写真上)で午後5時半より行われます。「みんなは、風呂に入るのは、先、後?」と、幹事のオノちゃんに電話で伺うと、ゆっくり入りたいようで早めに来て、先に入っている、とのことでした。淡水専科の交綸会のメンバーは、10数名、今日は代表幹事のむらさんほか10名が集まりました。
私も4時過ぎに着くように向かいました。公衆浴場ですから、夕食前にぶつかると、家族連れで混み合うとのことでした。宴会の後、冷えたなら、また帰りに入るのも良かろうと。温泉ですが、塩素消毒の臭いが一寸は、します。私は、ここが出来て10年間のリピーターです。職場が目の前です。何故、ここで交綸会の総会が開かれたのでしょう?実は交綸会の釣りバスの集合場所は、苗穂の駅前にありました。20年以上この倉庫街の空き地に各自の車を駐車しておきました。Kの湯が出来る前まで。
交綸会の磯釣りは医釣会に所属し、バラトでの淡水釣りのみを独自に主宰しております。総会ですから、庶務報告のあと、淡水の日程を決め、年間賞の発表です。持ち回りのトロフイー、「鯉賞」が、出てきました(写真上)。危なく燃えないゴミに捨てるところでした。歴代の鯉の身長賞受賞者の氏名とサイズ、釣り場が書かれたぴらぴらが付いております。2年前に48cmを釣っていました。ニッシン1.5号の細い磯竿で寄せてタモで挙げたものです。
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February 28, 2016, 12:49 pm
今日は、日曜日しか都合がつかない者に出て貰っての集まり。7月の初旬に札幌で開く高校の同期会の男3、女4の幹事とホテルのスタッフとの打ち合わせ。観光のピークにぶつかっておりますので、先ずアクションすることが大事ということを釣り会の総会で学びました。
参加予定の留萌居住の同期生たちも、新幹線の開通が近づくこの観光ブームに、確かな案内状を早く受け取りたいとの要望もありました。実際、釣りバスの場合、話の決まった釣り会の順番で、釣りバスの予定が詰められました。遅れると、バス会社の言いなりになります。
この札幌のホテルの場合も1年前に予約しておりましたが、日程を1週間動かさざるを得ませんでした。進行を責任者に急がされながら、今日は、先ず、宴会会場、写場、二次会会場の和室、翌日の三次会の午前中の部屋も先ず抑えました。予算も、宿泊の部屋数、個室の数も合意しました。
案内状が発送されますと、ホテルは、無理難題が言い辛くなるでしょう。責任者が退席した後、午前11時に集まった7人の幹事は、昼食を摂って、案内状の冠を決めました。早生まれの方は、昨年は拍手係でしたので、喜寿のお祝いのパート2とすることに決しました。式次第とそれぞれの担当を暫定的に決めながら、同期生の訃報や、お互いの病気の話や、おしゃべりをしているうちに午後3時を回っていました。
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February 29, 2016, 1:14 pm
今朝は、酷い吹雪でした。釣り名人O村さんのお父さんが、我が家から見て右側の雪を除雪機で撥ねております。折を見て、我が家から見て左側の雪を撥ね始めましたが、南東の風が強く、雪が飛んで行きません。それでも風に負けじと雪をあまり上に向けずに少しづつ撥ねて行きました。始めは重い雪でしたが、次いで、ミゾレが混じって、除雪機では対応しきれなくなってきました。
ゴアテックスの上着もびしょ濡れ、手袋も冷たくなってきましたので、除雪機を車庫に仕舞い、合羽に着替え新しい手袋をはき、O村さんに倣い、スノーダンプで雪を山の近くの空いたスペースに運び始めました。ざっと100杯は有るな、と腹積り、ゆっくり運んでおりました。
これも、投げ釣りの為の基礎運動、小学校の通学路ですので広く開けております、休校でもないのだから。高校の幹事会の日は、雨にも吹雪にも当たりませんので、有難いことと昨日は話していました。やっと百杯目には、空腹もあって、ふらふらしておりました。晴れ男だと自慢しているのか、それでは、と天の神様が聞いていて、吹雪いているのでしょう。
除雪、そんなに広くやる必要ないじゃない、冷蔵庫に何もないよ、とカミさんに言われ、昼食後、スーパーに買い出しに行ってきました。帰って来ると、暖かい太陽の光で雪が融け出しておりました。昼からは、明日のゴミ収集車が集めに来る「雑ガミ」を集めていました。業績の論文は、1部を残してすべて雑紙に回しています。英文論文は、そのままゴミ袋に容れ、邦文論文は個人情報が多く含まれますので、シュレッダーにかけています。留萌はじめ、日本海沿岸の吹雪は大変だろうと妹の家の心配をしておりました。
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